2005年 12月 22日
イタリアの母乳に対する考え方 |

出産後、一度、退院させられた私でしたが、その後、「授乳のため」に再入院することとなりました。何だか牛になった気分です。
イタリアでは、母乳が出るのであれば、母乳を子供に与えるのが普通です。最近では、日本でも母乳の良さに対する認識が高まっているようですが、イタリアではこの考え方はかなり一般的です。粉ミルクがとても高いという理由もあるのかもしれません。トスカーナ州では、公立病院では、母親の承諾書なしには粉ミルクをあげることが出来ない決まりになっています。ユキちゃんのように最初の数日間、全く母乳を飲まない赤ちゃんにはやはり粉ミルクをあげないと、体力が落ち、かえって母乳を吸う力も失ってしまうということで、私は承諾書にサインをしました。
相部屋には、他にも未熟児で生まれた赤ちゃんのお母さん、ユキちゃんのように光線療法をしなくてはいけないお母さんなどが6人。様々な職業、年齢の6人のママ(私以外は皆イタリア人)が集まって数日間一緒に過ごすというのはなかなか面白い経験でした。皆の目的は、ズバリ、母乳を出すこと。だから共通の話題は、決まって、母乳を出すには何を食べたらよいのか・・・でした(笑)。まだ10代のプチママは、病院の下のバールに毎日行って、ビールを一本飲むのが日課。私はひたすら、アントネッロのお義母さんが差し入れをしてくれる肉のスープを飲んでいました。イタリアで比較的手に入りやすい食材中、母乳の出に効果的なのは、手打ち麺のパスタ、ポレンタ(これは効きます!)、ヒヨコマメなどです。
一日6回の授乳の度に、授乳室で赤ちゃんに母乳を与え、足りない分は、あらかじめ搾乳して溜めておいた母乳を哺乳瓶で与えます。母乳を与える前に、赤ちゃんの体重を量っておき、授乳した後で再び体重を量り、何グラム飲んでくれたのかを記録します。授乳室には、父親も自由に出入りできるので、昼間の授乳の時には、大体旦那も横に付き添っていました。もちろんアントネッロの来てくれて、なかなか母乳を飲もうとしないユキちゃんを起こそうと必死でした。
同室の女性は皆、赤ちゃんが黄疸から回復して、一日でも早く家に帰りたいという気持ちとなかなか母乳が出ないという焦りで落ち込み気味。そんな中、いつも明るく元気だったのが私の隣のベットに居た、バルバラでした。彼女は私より2日早く出産。7ヶ月の早産だったので、赤ちゃんはまだ保育器に入っていました。彼女は最低でもあと1ヶ月は病院に居なくてはなりません。それなのにいつも笑顔が耐えない彼女。しかし、ある日の午後、部屋に戻ってみると、バルバラが布団を被って泣いていました。こんな時、日本だったら、遠慮して、本人が話してくれるまでじっと見守るのですが、イタリア人女性はそんな遠慮はしません。私を含め他の五人が、彼女のベットの所に集合し、
「どうしたの?良かったら、何があったのか私達に話してみて」
と声をかけました。私はこのイタリア人のストレートな遠慮のなさが大好きです。
「今日の午後、保育器の所でガラス越しに赤ちゃんを見ていたら、婦長さんが、”本当はまだ許可が降りていないからダメなんだけど、もう大分状態も良いし、ちょっと抱っこさせてあげるわよ、皆が帰ってこないうちにね”って私の赤ちゃんを抱っこさせてくれたの~。産んでからはじめて抱っこしたんだけど、小さくてプルプルしてた。嬉しかったなあ~」
とバルバラは泣きながら語ってくれました。私達5人は号泣です(笑)。産んでから自分の子供をまだ抱っこしたことがなかったなんて、彼女の明るい笑顔からは想像が出来なかったけれど、何だかそれを聞いたら自分達の問題がなんてちっぽけなものなんだろうって思えて、それからでしょうか、皆、自分達の状況をポジティブに受け止められるようになりました。
その後、私の母乳の量も、ユキちゃんの体重は少しずつ増え始め、再入院6日目で退院となりました。退院する時は、看護婦さんが、赤ちゃんのお風呂の入れ方などを教えてくれます。
な~んて、ちょっと出産話が長くなりましたが、これから海外で、または日本で出産される方へ、「がんばって!」デス。
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by lacasamia1
| 2005-12-22 18:40
| フィレンツェでお産













